脱サラ、そしてアメリカ留学

1.製造業の営業マンとして就職

 大学卒業後、1994年4月から製造業の営業マンとして東京でサラリーマン生活を送っていました。
その就職した会社は飲料水キャップの製造販売業で、業務内容は地味でしたが、業界シェアトップで安定してました。また残業も少なく、仕事場の環境としてはとても良いものでした。しかし、若気の至りから、「自分はもっと刺激があり、やりがいのある仕事をがしたい」と考え、4年半後に退職してしまいました。

2.心理カウンセラーを目指し退職、アメリカへ

 大学時代に一般教養として講義を受けた心理学が面白く、また、私が大学時代のテレビドラマや映画では、事件をカッコ良く解決する心理カウンセラーが流行っており、さらに自分の弱い精神を鍛えたいという願いが強くありました。
 退職して間もない1998年10月(当時28歳)に心理カウンセリラーになることを目指し、本場アメリカ(カリフォルニア州)へ 留学しました。アメリカで心理カウンセラーの資格を得るためには、大学院で心理学のカウンセリングコースを履修しなければなりませんでした。また大学院入学の要件の一つとして英語検定試験TOEFLを受け、一定レベルの点数が必要でした。
 それで初めの半年は、カリフォルニア大学リバーサイド校の英語学校でTOEFLの勉強をしました。この英語学校では、日本からの留学生も沢山いましたが、日本人女性は他国の留学生に大人気で、たくさんのカップルが成立してました(余談ですいません…)。

3.コミュニティーカレッジ、州立大学、そして大学院へ

 カリフォルニア州の公立大学・大学院は、カリフォルニア大学とカリフォルニア州立大学があります。カリフォルニア大学は、州立大学に比べ入学要件及び授業料が高く、比較的富裕層の生徒が多いです。私はTOEFLの点数も並みで、またお金に余裕もなかったので、カリフォルニア州立大学を選びました。また、校舎は英語学校に近かったサンバナディーノ校に入学することを目標としました。
 大学院入学の要件はTOEFL他に、一般教養や心理学基礎講義の単位も必要で、それらは、コミュニティーカレッジや州立大学で単位を修得しました。
 いよいよ、大学院を受験することになるのですが、カリフォルニア州立大学サンバナディーノ校の心理学部カウンセリングコースは、入れませんでした。同校では、ソーシャルワーク部カウンセリングコースもあり、そこへはなんとか合格することができました。留学を始めてから大学院に入るまで1年半を費やしました。