自分の恵まれている環境に気付いていないだけなのかもしれない
先月、親が病気で入院したことをきっかけに、
自分も含め人間は遅かれ早かれ死ぬんだと
いう事実に直面しました。
普段健康に生きて暮らしてけることは当たり前のことだと思ってましたが、
そうではなく恵まれている状況なんだと考えるようになりました。
今回は、これって恵まれているんだけれど、慣れちゃっただけなんだろうなぁと
思えた出来事について書いてみました。
目次
クーラーが効いている店に入った瞬間は凄く気持ちいいですが…
真夏の昼の炎天下をしばらく歩いた後に、
クーラーが凄く効いたカフェに入店すると、
入った瞬間「涼しい~!」ってなりますよね。
この何ともいえない幸せ感ですが、
カフェでしばらくたたずんでいると、
その涼しさが普通になって何の幸せも感じなくなってしまいます。
涼しい環境は続いているのに…。
税理士試験に合格したときはもの凄い達成感でしたが…
年に1回の税理士試験で、何回も落ち続けた消費税法。
12月に郵送されてきた通知書に消費税法「合格」の文字を確認できたときは、
それはもう、もの凄い達成感と充実感でした。
そんなメガ達成感も、悲しいことに1ヵ月程経つと、ほぼ感じなくなりました。
合格した事実は変わらないのですが…。
独立して初めて売上の入金があったときは凄い驚きでしたが…
税理士として独立して初めて顧問先へ請求書を送った後、
銀行口座でその入金が確認できたときは、
自分の事業でお金を稼げたことの感動と驚きは何とも言えないものがありました。
それが今では、
入金額が当初よりも多くなっているにもかかわらず、
そのことに対する感動や驚きはありません。
当たり前の感覚になっています。
まとめ
だいぶ前に心理学を勉強したときに習ったのですが、
人間はある出来事により感情が高ぶった状態になると
その高ぶった状態のままでは生体恒常性に支障が生じるので、
(食事がのどを通らなくなるとか、眠れなくなるとか)
その感情を抑えようとする脳の働きがあるようです。
(確か、恋人ができたときの興奮状態の持続期間と、
ふられたときの落ち込み状態の持続期間の実験)
それに関連するのか、感動したことや自分がよい環境にいることも
そのうちに慣れて忘れてしまうのが人間の性のようです。
この事を心に留めて、
今の自分の環境には良い面が多々あるけれども、
ただ、それに慣れてしまっているだけなのかもしれないということに
気付ければ、改めて感謝しながら生きていけるのかもしれません。
編集後記
先週は杉並法人会・杉並税務署共催の「決算法人説明会」の講師をさせて頂きました。
多くの人前で1時間以上話をするのは、久しぶりだったので、
始まる直前は緊張感MAXで精神的に耐えられず、逃げ出したくなりました。
本当にその場から逃げ出したら、「逃げ税理士」として伝説になりそうですが。