運命論で考えると生きるのが楽になる!:その選択、本当にあなたの意志で決めたのですか?

若い頃は、自分の意志でやりたいことを選択したり、

最大限に努力をすることによって

未来はより良い方向へ変わっていくと信じてました。

しかし、今までの人生を見つめ直してみると

自分の意志による選択も、どれだけ努力できるかも

周りの環境に大きく影響されてきたことに気づきます。

今にたどり着いた自分の現状も

そうなる運命だったと思えるようになっています。

また、運命論的に考えると、生きる方が楽だなぁと最近実感しています。

運命論的生き方が、どうして楽なのかについて述べたいと思います。

過去を後悔しなくなる

わたしの人生の中で最初の大きな分岐点は、

サラリーマンとして働くのを辞めるかどうかでした。

また、辞めてから何を目指すかも大きな選択でした。

結局、辞めることを決意して、心理カウンセラーになる選択をしました。

その後、心理カウンセラーとして食べていくことが

難しいと悟ったときは、サラリーマンを辞めたことや

心理カウンセラーを目指したことを後悔しました。

「サラリーマンを辞めなければ、安定した生活が送れたのに」とか

「心理カウンセラーではなく、精神科の医師を目指していれば、

今頃は裕福な暮らしができたのに」とかグジグジ考えてました。

しかし今、冷静に考えてみると、自分の性格上、遅かれ早かれ

サラリーマンとして生きるのが辛くて辞めていたと思います。

また、当時の金銭的な事情や自分が文系出身だったり、

周りに医療関係者がいなかったことなど、

いずれにせよ、最終的に医者を目指す選択はなかったはずです。

そう考えると、サラリーマンを辞めたことや心理カウンセラーを

目指したことも運命だったと思え、後悔もしなくなりました。

今、選択しなければいけないことのプレッシャーが少なくなる

小さな出来事ですが、先週水曜日の夜に税理士会のテニスの練習に

行くか行かないかで迷いました。

その時は、小雨も降っていたり、寝不足だったりで行きたくありません。

しかし当日、テニス仲間にどうしても話したいことがあったので、

行くことを選択しました。

このように行くことに決めたのは、自分の意志によるものなのでしょうか?

小雨が降っていて寝不足だけど、テニス仲間に合わなければならない事情がある

という外的要因に大きく影響されたからではないでしょうか。

自分がテニスをしたいという強い意志があるかどうかに関係なく

選択肢は決まっていたと考えると、

自分の選択が間違っていたのではないかと、

後になって悶々とすることもなくなります。

未来に対しての不安が軽減される

このように、自分がものごとをどう選択するかとか、

その結果どう人生が変わるかなどは、

そのときの外的環境、つまり運命によって決まっていると

考えると、「自分はどっちを選べばいいのか」とか

「自分の努力が足りないのか」などと苦しむことも少なくなります。

つまり、将来がどうなるかということが、自分の意志や努力で

決まるのではなく、運命によって決まると考えると、

あきらめというか、もうジタバタしてもどうしようもないと思え、

結果として未来に対する不安も軽くなります。

結局、今を精一杯生きるしかない

過去はもう変えられないし、

未来がどうなるかも外的環境に大きく影響されて決まる。

そう考えるようになってから、

人生、自分の意志だけではどうにもならないと

最近開き直るようになってきました。

今、出来ることといえば、与えられた環境の中で、

精一杯生きることぐらいなのでしょう…。

編集後記

法人会から会員になりませんかとのお誘いがありました。

個人事業者でも(税理士枠で?)会員になれるんですね。