長年住んでいる街:高円寺北、だいぶ変わりました。

私の自宅兼事務所は、杉並区高円寺北にあります。今日は高円寺北について述べたいと思います。

40年前はもっと怪しいくてワクワクする街だった

今の自宅兼事務所は、昔祖母が住んでいた家でした。祖母の死後に空き家となっていたその家に、大学生活のため上京して住むようになりました。

2歳から高校生まで地方に住んでいた私は夏休みになると家族と一緒に2週間ぐらい高円寺北の祖母の家に泊まりで遊びに来てました。

私が小学生の時の高円寺北は、怪しいミニ映画館(ピンク映画?)があったり、駅の高架下には何を売っているのかよく分からない小売店などが並んでました。夜出歩くのは怖い街でした。今はその映画館は無くなって駐輪場となり、高架下もだいぶ小奇麗な店が増えました。

当時の高円寺北のメイン通りの銀座商店街(今は純情商店街に改名)、庚申通り、あずま通には、古本屋、貸本屋、おもちゃ屋、文房具屋など、子供には魅力的な店が多かったのですが、今はそれらの店は皆無です。後継者不足や経営不振などが原因で廃業せざるを得なかったのでしょう。

今それらの店の多くは、小規模の不動産屋、美容院などに入れ替わってます。子供にとってはつまらなくなったと思います。

バブル時代はミュージシャンや地方からの学生

私が大学入学の為上京した頃は、バブル全盛期でした。バンドブームで高円寺にはミュージシャンが沢山いて、深夜まで楽器を背負ったお兄ちゃんおねえちゃん達が街をウロウロしてました。

また、当時バブルでお金に余裕があった親達は子供を東京の大学に行かせ、仕送りもそれなりにできる状況でした。周りのアパートは地方出身の学生が多く住んでましたが、今はその数も減っているように感じます。

高円寺は、北と南がある

高円寺は、JR中央総武線・東西線の線路を境に北と南に分かれています。

高円寺北は、上記で述べたとおり、個性的な店は激減しましたが、高円寺南は北に比べるとまだ怪しく個性的な店が残っている印象があります。

ちなみに、高円寺の税理士の登録者数は南の方が圧倒的に多く、北が13名に対して南は47名となっております(令和1年10月現在)。

まとめ

時が経てば、街も変わるのが当たり前ですが、昔の方が魅力的で面白かったと思う私は、歳を取った証拠でしょうか?

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